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研 究 内 容

“記憶”といえば試験勉強の暗記などを思い浮かべる方が多いかもしれませんが、本来記憶とは、動物が厳しい自然界で生存するうえで不可欠な生命機能の一つです。さらにヒトにとって記憶とは私たち一人一人の人生の記録でもあり、個性や心の基盤と言えるものであると考えられます。ギリシャ神話においてもmuse(芸術を司る9人の女神たち)はmnemosyne(記憶を司る女神)より誕生しています。つまり、古来より記憶はヒトの想像力や精神活動(こころ)の源と考えられていたことが覗えます。このように記憶の仕組みは古来より多くの哲学者・科学者を魅了してきた謎のひとつであり、近年の分子生物学的手法の導入により分子レベルでも多くのことが明らかになってきました。しかし、未だにその基本的な動作原理については多くが謎に包まれています。

現在の神経科学では、記憶の実体は“経験(神経活動)依存的な神経回路の変化(可塑性)”に基盤があると考えられています。したがって、まさに学習の瞬間に変化が生じた特定の神経回路・細胞集団・シナプス・分子(記憶痕跡・engram)を同定し、その場で起きている現象・原理を明らかにすることが最重要課題のひとつです。しかし、それは容易なことではありません。なぜならば、これらの記憶痕跡は、千億もの神経細胞が千兆ものつなぎ目(シナプス)を介して精緻な機能的ネットワークを形成している脳内のごく一部の細胞、シナプスに散在していると考えられるからです。

そこで世界に先駆けて、記憶痕跡が存在する細胞やシナプスの遺伝学的操作を行うために、神経活動依存的に発現が誘導されるimmediate-early genes(最初期遺伝子群)のひとつであるc-fos遺伝子のプロモーターとテトラサイクリン発現誘導系を組み合わせた遺伝子改変マウスの開発に成功しました(Science 2007Science 2008)。実際に、この遺伝子改変マウスを活用することにより、記憶の想起時には学習時に活動した神経細胞集団(アンサンブル)が再活動することや(Science 2007)、シナプスレベルでの長期記憶・記憶痕跡の神経基盤の一端を明らかにしてきました(Science 2008Science 2012)。

当研究室では、これらの遺伝学的手法をはじめとした様々な手法を複合的に駆使して、動物の行動や意識の基盤となる心理的な認知機能の仕組みを“シナプス・細胞・回路の言葉”で説明することを目指しています。

主 な 研 究 手 法 と 装 置

遺伝子改変マウスや、アデノ随伴ウイルス(AAV)により遺伝子導入したマウスを用いて、行動解析、光・薬理遺伝学、in vivo脳内活動イメージング、分子細胞生物学などの多様な手法を用いた複合的解析を行っています。

研 究 室 の 方 針

脳神経科学分野で未解明の本質的な問題を解明するために議論を重ね、質の高い研究を目指します。各自の研究テーマに責任を持って取り組んでもらい、物事に潜む本質的な問題を見いだし、それを解決する術を見いだす力を培います。