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「個々の記憶情報は脳内のどこで・どのような原理で表象され、どのような仕組みで必要に応じて適切に読み出されるのか?」という記憶の実体に迫る根源的な研究を行っています。これまでに私たちは独自の遺伝子改変マウス(Science 2007Science 2008)を活用することにより、学習時に活動した脳内の一部の神経細胞集団(アンサンブル)の再活動が、記憶想起に必要であること(因果必要性)(Cell Reports 2015)、かつ記憶を想起させるのに十分であること(因果十分性)(Neuropharmacology 2017)を示してきました。これらの私たち及び他の研究グループの同様の結果から、記憶の実体は少なくとも学習時に活動した神経アンサンブルの活動状態として存在しているらしいことが明らかになってきています。

しかし、これはようやく記憶という目に見えない脳(精神)現象を、何とか可視化して自然科学的手法により取り扱えるようになったということに過ぎず、依然として記憶の実体については多くの謎が残されています。そこで、これらの記憶痕跡細胞の性質や形成の制御機構や、複数の脳領域に及ぶ記憶痕跡細胞同士の相互作用を明らかにする研究を続けています。最終的には「脳内の特定の神経細胞集団の活動状態がどのようにして“記憶”や“感情”そして“意識”として体現されるのか?」という最大の謎の解明に少しでも迫ることを目指します。

記憶はいったん獲得すれば永遠不変というわけではなく、例えば時間経過やその後の経験により変化します。この仕組みの神経基盤を明らかにするための研究を行っています。一例を挙げると、エピソードなどの記憶は時間経過と共に詳細が失われる汎化(generalization)という現象が起きます。適切な汎化は刻々と変化する環境に動物が適応することや知識の形成に貢献すると考えられる一方で、PTSDで見られるような恐怖記憶の過剰な汎化は無害な刺激に対してさえも不必要な恐怖反応が現れるため、重大な問題です。私たちは、恐怖記憶の想起の際に活動する海馬の神経細胞集団(アンサンブル)が時間と共に変化し、記憶を正確に想起する際に活動するアンサンブルとは異なることを明らかにしています(Front Behav Neurosci 2016)。そのほかにも、記憶の消去、再固定化、遠隔化などの現象に興味を持って仕組みの解明のための研究を行っています。

記憶・学習を含む認知機能や情動に重要な役割を担う特定の脳領域や神経回路が近年明らかになりつつありますが、多くの回路の役割が未解明です。また、多様な感覚情報が脳内で統合される機序についても理解されていません。そこで、工夫を凝らした遺伝学的手法による神経回路の可視化や特異的活動操作と様々な行動解析を軸に、複数の脳領域をつなぐ特定の神経回路の未だ知られていない役割・動作機序を明らかにする研究を行っています(例:J Neurosci 2017)。