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上原記念生命科学財団 一年のあゆみ寄稿文より

La Jollaにて

 住み慣れた京都を離れ、澄み渡った青空の広がるSan Diegoでの生活を初めてから早三年が経とうとしています。渡米当初の新しい研究生活への期待と不安の入り混じった何とも言えぬ興奮した感覚を想い起こしながら、私の留学生活について綴ってみようと思います。
 私は現在、The Scripps Research InstituteのMark Mayford博士の研究室で研究に従事しています。当研究所はCell Biology、Chemistry、Immunologyなど7つのDepartmentから構成されており、300人近くのPIと約800人のポスドクを抱える世界最大級の私立の非営利生命科学研究機関であります。ボスのMarkはEric Kandel博士のもとでCaMKIIα遺伝子プロモーターを用いた前脳特異的トランスジェニックマウスや、テトラサイクリン誘導系を利用して遺伝子発現のon-offが可能なトランスジェニックマウス等を開発し、遺伝子改変マウスを用いた記憶学習研究のさきがけとなる仕事を成し遂げてきた40代半ばのアメリカ人です。この様に巧妙な遺伝子改変マウスを利用して、分子・細胞レベルから動物個体の行動レベルで記憶学習、情動、思考などのいわゆる“心”に関わるメカニズムの研究を行いたいと考えていた私はインタビューを受けた後、ポスドクとして研究する機会を得ることができました。研究室は現在、ポスドク5人(日本人、アメリカ人、オランダ人、ポーランド人)にラボマネージャー1人と小規模で、基本的にはそれぞれが1種類の遺伝子改変マウスを作製し、独立して研究を進めています。実際に研究を始めてみますと、外来遺伝子が目的通りにマウス個体内で発現してくれないことも多く、歯痒い一方、自分のアイデアで世界に一つしかない面白い遺伝子改変マウスをデザインし、解析するのは実にexcitingで楽しい作業だと感じています。
 さて、こちらの研究環境で私が好きな点を一つ挙げるとすれば、それは様々な意味で研究室(所)がopenであるということです(文字通り、各研究室を遮る壁が無くひとつながりの空間であることも珍しくありません)。例えば、MarkはInstitute for Childhood and Neglected Diseases(ICND)という2階建ての小さな建物に研究室を構えているのですが、ここではcircadian rhythm、記憶学習、感覚、神経細胞骨格、マラリアなどの多岐にわたる研究を行う10個の研究室により動物飼育実験室、細胞培養室、共焦点顕微鏡などからPCR機、遠心機に至るまで様々な施設・機器が共有されています。情報交換・交流の場として月に一回はICND内の各研究室持ち回りで学生やポスドクが発表するセミナーとHappy Hour(アルコール有りの小パーティ)が開かれていますし、大学院生は所属研究室以外の教官からも指導を受けるシステムになっています。また、高校生のための1ヶ月以上に及ぶサマースクールや、研究所に寄付をして下さる民間の方々のために見学ツアーが度々行われているのには驚きました。
 Scrippsを含め、UCSD、Salk、Burnhamといった研究機関が集まるLa Jollaは、San Diegoダウンタウンから北に20kmほどの所に位置し、椰子の木が生えハチドリが飛ぶ太平洋沿岸の非常に美しい街です。一年を通して温暖な気候で、車に乗ればすぐに大きな日系スーパー、美しい自然が残る海岸や公園に足を運ぶことができ、轟音を立てて頭上を飛ぶ戦闘機の騒音と、家賃が異常に高い(1bedroomで月に1200~1600ドル)点を除けば、家族と共に極めて快適な南カリフォルニアの生活を送ることができます。日本では決して経験することのできない多くの新しいことを体験し、人生の糧とすることができましたことを幸せに感じております。このように何物にも代えがたい貴重な海外留学生活をご支援頂きました上原記念生命科学財団にこの場を借りて心より感謝いたしますとともに、貴財団の益々のご発展をお祈り申し上げます。