コンテンツへスキップ

恩師の小川智子先生の国立遺伝学研究所教授退官(平成13年)記念誌に寄稿させて頂いた拙文です。

 私が智子先生と研究室で時間を共有させて頂いたのは、学部4年生の一年間だけでしたので、残念ながらお忙しい先生と研究に関して議論を交わしたりする機会には余り恵まれませんでした。そんな私ですが、現在でも心に深く残っている出来事があります。卒業も間近になった頃、顕微鏡室で染色体上でのRad51の局在を観察していると、智子先生が入ってこられて顕微鏡を覗き、「きれいだね、星空を見ているみたいで気分が落ち着くよ」とおっしゃられました。それまで智子先生と一対一で会話をすることが余りなかった私は、何か気の利いた事を言わねばと緊張しておりましたが、先生の方から「3年生の学生実習の時からあなたを見ていると、実験のセンスはピカイチだけれども、自分のやりたい研究をまだ見つけていないせいか、やる気が感じられない。もっと一生懸命やりなさい。」というお褒めの言葉と叱責の言葉を同時に頂きました。当時放っておかれていると疎外感を少なからず抱いていた私は、実は先生がしっかりと私の姿を見て下さっていた事がわかり、普段は怖い(印象の)先生の優しさを感じました。また、一向にやる気の見られない出来の悪い学生を見かねた、先生流のやる気を出させる為の方法であったにしろ、先生に褒めて頂いた事は今でも私が研究者としての路を歩んでいく上で秘かな自信と励みになっております。やる気がないと叱られた私も、お陰様で少しはやる気になって脳神経の分野で何とか研究を続けております。
 たった一年間ではありましたが、研究生活の第一歩を踏み出す最初の大事な一年間を英行先生と智子先生がお二人で作り上げた小川研の“清き流れ”の中で過ごすことが出来たのを幸運だったと思います。無意識のうちに研究者はかくあるべしという、私の中で一つの理想像ができあがった色々な意味で貴重な一年間であったと今にして感じます。私の個人的な回想話を書かせて頂きましたが、今後も英行先生と二人三脚での智子先生の御活躍と御健勝を御祈り申し上げます。

追記:小川智子先生は2020年12月24日に逝去されました(享年84歳)。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。